臓腑真写 , 解体発蒙 巻之一(三谷 公器)
古来からの「五臓六腑説」に疑問をもった山脇東洋が宝暦4年(1754)に初めて人体解剖を行ない、『臓志』を刊行し、実験医学の魁と言われその後同じような道を志す人が各地に出た。本書もそのようなものの一つである。
蔵志 (全) 乾之巻(山脇 東洋)
古医方の泰斗山脇東洋は、若い頃より人体解剖によって従来の五臓六腑説が正しいかどうか実際に検証したいと考え、京都所司代酒井讃岐守に申し出、刑死者の解剖が許され宝暦4年我国で最初の解剖が行なわれた。本書はそれを基にしたもので、人体解剖、観臓図志のはじまりでもある。
流行麻疹けん(芳艶)
じゃんけん遊びで、はしかにかかった時の自己診断法、食べると良い物、食べてはいけない物が判り易くまとめられている。
為朝の武威痘鬼神を退く図
家の門口に猛将の絵姿を貼付しておくと痘鬼が侵入して来ないので病気にならないという迷信からこのような絵が販売された。
解体新書 序図(杉田 玄白)
杉田玄白、前野良沢、中川淳庵らが中心になって、ドイツ人クルムスの『解剖図譜』のオランダ語版『ターヘル・アナトミア』を苦心の上日本語に訳したもので、日本の実験医学時代の嚆矢として評価されるものである。
無題・むかし武刕豊島郡宝田(一勇斉 国芳)
お竹如来というのは武州豊島郡宝田の佐久間某という冨家に奉公していた女中で、信仰心篤く、正直で、食物を大切にして無駄なことをしなかった、それ故即身大日如来となり、羽黒山黄金堂にまつられている。
伊東彌恵治千葉大学名誉教授(ITO Yaeji,1891-1955)が医学史研究のため蒐集した古医書と、千葉県茂原市で代々眼科医を開業していた千葉家の旧蔵書、蘭医学塾兼診療所として佐倉順天堂を創設した佐藤家の旧蔵書、幕末の著名な医家三宅春齢の著作を含む三宅家の旧蔵書から成る。